05:グラン・ギニョール(2/7)

目の前の鏡で最終確認。
銀の髪は今日は結い上げられることなくただ自然とあるがままに広がっていた。
無駄に煌びやかなドレスも着た。無駄に高そうなイヤリングもつけた。手にも何か指定があったけどそこまで聞いてあげる義理はない。


クラリッサファミリー、秘書
年、20半ばにしてオッサ・インプレッショーネをボンゴレファミリー傘下のマフィアから一人で奪い取り血の惨劇と呼ばれた街の抗争を起こした中心人物。
血を好む強力な女術士であり、またその身体を使い男達を魅了してきたが本日、依頼人であるあの男の壮大で綿密な作戦により捕まり、罪を認め、懺悔し、そして死ぬ。
指に嵌められていたヘルリングは依頼人によりボンゴレファミリーへと届けられ、その後彼のファミリーは格上げされ未来永劫―――


「くだらない」

毎日のように聞かされていた、その赤ペンで修正してあげたくもなるクソ設定にとうとう当て嵌められるときがきた。
劇なんかを見るよりはくだらないテレビを見てゲラゲラ笑っている方が性に合っているっていうのに。こんな仰々しく無駄に長そうなストーリーに涙流して喜ぶヤツの気がしれない。暗いし私悲劇のヒロインどころか超悪役だし性悪ビッチなんだけどこれ如何に。ギャラ貰わないと参加もしたくないって駄々もこねたくなる。
たかだか指輪一つで随分と私の人生狂わせられたものだ。と人の恐怖に怯えた顔を模したリングをじっくりと見続けた。私がその顔をして叫びたいぐらいだわ。


「…はあ」

今日の事を思うとため息しか出ない。
本日の来場者は依頼人属するボンゴレ傘下の1部ファミリーに一部の情報屋ファミリー、それと彼らに親交のある中小ファミリーがいくつか。
100人は悠に超えるらしい本日のパーティは無駄に大きな会場で行われるらしく、私もさっき連れて来られてその全貌を見た。どうせ私が脱走しないか心配でギリギリまで知らせなかったのだろう。周到な用意なことで。

今日の私はある意味自由の身だった。
まあそもそもこの時点で依頼なんてあるようで無いようなものだったけどさ。私たちは初めから騙されていたのだから。
催し物は二部に分けられているらしく第一部では私の出番はなかった。ただマフィアの集会らしいようなビジネスの話をしたり、親交を深めたりするような立食会が行われるらしい。
そして第二部、依頼人の男の言う通りの、あの男の設定した通りに動いた後、死ぬ。……私だって笑いたくなるがこれが事実だ。

とん、とんと自分の頭を指でたたく。
―――昨夜、”CDI”でボスから直接連絡があった。
つい元気なボスの声に泣きそうになったけど泣いたら泣いたでからかわれるのが分かってたから後でお金を振り込むようにとお願いしたらボスも涙声で了解し、…そしてそれで何となく私が迎える今後を把握した。
クラリッサの皆はよく頑張ってくれた。2人の術士の方はどうにか場所が特定できて、今日のパーティーの最中にでも救出されるとのこと。

そして、私は―――難しいという事だ。
いいんですボス。言葉を濁した彼に私は声をかけた。怖くないといえば嘘になる。けれど、私は幸せだった。私にその言葉を告げることすら辛かったに違いない。


『ボス聞いて。私の銀行の暗証番号はXXXX。カードは事務室の金庫にいれてあるから』

『…それと、”CDI”剥奪は、この後、もう1度あの子達と話をしてからでいいかな?ボス側はもう外してくれていい』

”CDI”は手術や何かで得られるものではない。
私達は所属と同時に死炎印で契約をする。そして互いに炎を照らし合わし、全員が皆の炎を共有する。だからこそ死ねば消えるわけだけどもし万が一操られたりしたらその炎を辿り皆の情報が筒抜けになるわけだ。それが今回の惨事を招いたわけで、二の舞を踏むわけにはいかない。
もしも、があるのは私。皆との共有物がなくなれば私の死体に何も、…クラリッサの秘密は残らない。うん、ボスってこういうとき辛いよね。


『ボス、私ね、幸せでしたよ』
『…すまない』
『今までありがとう。あの子達を絶対守って』

一方的に告げるとボスからの接触を断ち切った。電話線を切るって感じなのかなあ。いや切ったこともないしわかんないけどさ。
ブチン、と脳内で嫌な音がして彼との繋がりが完全に途切れたことを確認するとゆっくりと他のメンバー達との繋がりも切っていく。

ブチンッ

ブチンッ

―――ブチンッ


切るということは、ただならぬ炎を消費する。その音を聞くたびに心臓が痛み、そして彼らとの思い出がゆっくりと脳裏によぎる。
昨夜にそれは済ませてしまったというのにあの時の痛みとそれ以上に溢れる思いが再び私の視界を歪ませた。…ああいけない、化粧してるんだから涙は流すべきじゃない。残りの繋がりは彼らだけ。後もう少し。もう少しだけ。
嗚咽なんて漏らせばきっと涙はもう止まりそうにないことが分かって唇を噛み締め、自分の悲惨な顔を鏡で見た。

同じ銀色の彼に、助けてと一言言えれば、どうにかなったのだろうか。


「……それも、まったくもって、くだらない」

ふと思った考えに馬鹿らしいと自嘲し、涙はようやく引っ込んだ。
スクアーロさんとは住む世界が違う。私はそれでも自分の環境を恨んだ事は無い。
私はとても幸せだった。同情は絶対にさせない。そして、


「時間だよ」

控え室に顔を出したのは私が今一番この世で殺したい男。
恐怖はあるかと言われればそりゃもちろんあるに決まっているけどどうにもこの男だけはブン殴らないと気が済まない程度に怒ってるわけで、そしてその怒りの方が上回っているわけで。
「はい」と返事をしたもののその声は怒りに震えすぎて、それでも男は私が何をいおうと笑みを崩すことはなかった。そりゃーそうか、コイツにとっては今日が華やかな場であり、晴れ晴れしい日の始まりなのだから。


「死ににいく準備は…完璧だねえ。やっぱり一度抱いておけばよかったよ」

死体を抱く趣味はないけどね、と耳元で呟かれ死に晒せクソと返したくもなったけどそれも黙って微笑みを浮かべた。
さあ準備を始めよう。男の言葉で最終調整が始まった。





『本当に、これでいいの?』
『…仕方ないでしょう』
『だって』
『気にしないの。あんた達こそ前金を受け取ってんだからとっととずらかっていいんだよ』
『…
『ごめん、嘘嘘怒んないでよホント。でも、これが、これで、最後の任務だ』


―――ブチンッ。

2回の、絶たれる音。
これで私は空っぽだ。だけどこれで悔いは無い。足を引っ張ることも、迷惑をかけることもなくなった私は、今からここで…死ぬだけだ。


「生きて会いましょう。…何時の日か」

さあ。ゆっくりと息を吸って。吐いて。
どきどきしている心臓と呼吸が落ち着いたら自分に与えられた役割と設定を思い返して。


きらきらと光を反射し輝くイヤリングに白いドレス、それとかちりと嵌る指輪。全ての確認が終え、最後に黒のブレスレットをぎゅっと手首の上から握った。
これから起こる悲劇であり喜劇の幕開けに丁度いい格好だなとぼんやりと思いながら大きな扉が開かれるのを待つ。

ギィィとゆっくりと開かれる扉、輝かしくも醜い世界が私を嘲笑うように迎え出る。
好奇に満ちた視線を一身に感じながら前へ、前へ。

けれど強張る表情だって、彼の姿を見れば自然と和らいだ。


―――さようなら。