05:グラン・ギニョール(6/7)
「うわー私あれ何回殺されたと思います?」
「僕に聞かないでよ。…多分20回ぐらいじゃないかな」
「…ご丁寧に、どうも」
スクアーロですら見たくもなかった光景がそこには広がっていた。
何が楽しくて好いた女が気でも狂ったかのように嗤っている姿を、殺される姿を、そしてゲストの人間が自分たちの拷問でも使わないような器具や方法を用いて殺しあう姿を見たいと思っただろう。
依頼人である男はとっくに事切れていた。オッサ・インプレッショーネが死んだに乗り移ったところあたりから気が触れてしまっていた。途中から自分の指を噛み千切り始め、最終的に銃を自分の口に含み、自害。楽しげに銃口を向けている姿なんて早々お目にかかれるものではない。
もっとも、本物の彼女は今、スクアーロの目の前で「うわー今あの人目玉食べましたよえげつない」なんて言いながらその隣にいるマーモンと一緒に見物しているところだったのだが。
どうして、何故今の状態になっているのか。
第二部が始まる前、スクアーロは確かに依頼人である男の傍にいるために舞台袖で男を見ていた。
そして、始まる直前のことだ。
結末が分かったその劇の始まりに、やはり彼女を助けたいという気持ちが先行した。生まれてしまった。
『静かにしてください』
剣に手をかけ、面目も体裁も全てを投げ捨てでもと決めたその時、誰かに後ろから目を塞がれ何かと思えばそこにはが居るではないか。いやしかしは舞台の真ん中、男の前にある檻の中で命乞いをしている最中で。
「大丈夫です」楽しげに口元に笑みを浮かべる彼女を見て確かに彼女こそ本物のであるとすぐに理解した。そんな訳もわからない状態の中で進む劇。
の隣にはいつの間にかマーモンがやって来ていた。「さあショータイムだ」幼い手がパチリと合わさると、どこからともなく会場内を怪しげな霧が包み込み―――後は察しの通りというわけで。
全てはマーモンによる幻術だった。とはいえ、途中からはゲストが用意していた麻薬成分が含まれた特殊ガスの所為で皆の気が触れてしまったというだけなのだが間違いなく引き金は彼だった。
確かにマーモンは昨日、昨夜、ここの地域へとやって来ていた。
そしてスクアーロの部屋にやってきたのは彼であることには違いない。ただ彼は任務の帰りで、先日情報の提供を依頼したオッサ・インプレッショーネの居場所を聞きに来たというわけだったがまさかこの場にやってきているとは思ってもみなかった。
そんな彼が何故、と仲良く話をしているというのだ。分からないことだらけだった。
生存者の居なくなった会場の真ん中、異臭に顔をしかめながら足を運び改めて全貌を見渡せば会場はもう惨劇となっていた。五体満足の死体があるのかどうか。白かったはずの壁は血塗られ、死体は折り重なり、それでも舞台の方から見える彼等の死に顔はどれも恍惚とした笑みを浮かべており耐性のない人間が目にすれば同じように気が狂うに違いない。
「、これはどういう事だ」
「いや私だって良く分からないんですよ、ホント。つい1時間前まで死ぬ予定だったんですし」
うわーこれ誰が掃除するんだろう、なんて突拍子もないことを呟くの身体をスクアーロは力強く抱きしめた。
死ぬというものはあまり怖くは無い。そういう場所に身を置いている以上、己が、上司が、部下が、身内が一般人よりもそれに直面する可能性は極めて高いのだから。
しかしは違う。腕の中のの感触は本物で、…生きていて良かったと。
「悪かったなぁ」
「スクアーロさん?」
「…お前をもっと早く、助けられていれば」
死を覚悟させることも、怖い思いをさせることもなかったのに。
最早それは抱きしめるというよりは彼女の身体にすがり付いていると言ってもいい。生きているその彼女の姿に、これほど安心している己が情けない。
おずおずと背中に回るの細い腕。あやすように背中を撫ぜられれば何故だか泣きたくなるような、そんな感情が零れ出そうにもなった。
ゆっくりとスクアーロの腕の中で顔をあげる。その整った顔に浮かぶのは先程スクアーロに向けたものと変わらぬ、柔らかい表情で。
―――ああ、俺は、この女を心の底から、…
自分の感情など最早疑いようもない。そして彼女の気持ちも、恐らくは。
手を伸ばし彼女の頬に触れる。その温もりに安心しながらの顔を見つめると彼女はいつものように避けることも逃げもせずただまっすぐにスクアーロを見返した。そこに言葉はない。必要もなかった。
ゆっくりとへと顔を近付けると彼女も悟ったのか静かに目を瞑り、
「ん?こんなところで結婚式かな」
重なる一秒前、突然澄んだ声が聞こえてきて慌てて振り向けば想定外の人物がそこには佇んでいた。
目を見開き、これこそ幻術ではないかと思いを背に構えるが誰もがその現れた人間に対し不審そうな態度を示すことはなかった。
「…お前」
「やあスクアーロ、久しぶりだね」
にこやかに笑みを浮かべ、「派手にやったねえ」なんて声をあげながら死体の山をゆっくりと抜けて歩いてくる様は10年前の彼と同一人物だとは信じられないだろう。
平和な世の為には多少の犠牲もやはり、ある。
かつてのプリーモの世代のように自警団としてのボンゴレを目指す彼は今、まさに抗争の真っ只中にいるのだ。
しかし何故、ここに現10代目である沢田綱吉がここにいるのだ。ふと思ったその疑問は「沢田さん!」というのはしゃいだ声が解決させた。スクアーロのその様子を感じ取った沢田は「ん?」という表情を浮かべてスクアーロへと声をかける。
「あれ、クラリッサファミリーはボンゴレが抱えてるって知らなかったっけ」
「…沢田さん一応我々情報屋なのでそういうのはシークレットなのですよ」
「あ、そうだったっけ。それにしても久々だね」
「ええお久しぶりです」
そのままが笑みを浮かべて沢田の方へと寄ろうとしたが何故だか腹立たしくなり彼女の細い腕を掴み、己の腕へと引き寄せた。
こういうことには耐性のない沢田はボンッと顔を赤くして「じゃ、邪魔してごめんなさい」なんて敬語に戻って少しだけ優越感を抱く。
しかし、彼の登場が全てを説明しているようで、まったく出来ていない。
確かにボンゴレの未来を祝してなんてふざけきった内容のパーティであったが当然のことながらボンゴレの人間など誰一人として居なかった筈であるし、そもそも彼は未だ本部にいると思っていたので今回のことだって報告すらしていなかったというのに。
気がつけばマーモンも会場内をうろついては金になるものがないかと探している有様だった。このちぐはぐとした事態をどうすべくかと逡巡してる間に少しだけ申し訳無さそうにした沢田が「じゃあ、説明するね」と小さく呟いた。
*
事の発端は、の所属するファミリーからの依頼だった。
元々クラリッサファミリーは少数精鋭で組まれており、そして基本的には住民の、一般人の為になるようなマフィアを相手にしていることが多くその評価を聞きつけボンゴレ10代目である沢田は彼らと長期の契約を密かに取っていた。
そんな中、しばらくして彼らと連絡がとれないことに気付く。情報屋ファミリーというものは基本的には契約を交わした時でしか他ファミリーと繋がることは無い。どこかに与してしまうと矢張り信頼性に欠けてしまうのだ。
彼らに何かがあったのかとクラリッサの本部へと沢田単体が走ったのが先日のこと。スクアーロが任務を受ける前の話だ。
「いやあ、あの時は本当ひどかったんだよ」
クラリッサのボスは家光のように豪快な人間だったというのに沢田が向かった時は顔を青ざめさせまるで今にも死にに行くような顔をしていたのだという。
何とか落ち着かせて聞いてみれば彼の1人の部下が特殊通信システム”CDI”に目をつけたとあるファミリーによって捕縛されクラリッサの内部情報を抜き取られたこと、その時に”CDI”を介してがヘルリングを手にしていること、を含めた3人が人質になっていること、助けに入ろうにも自分たちにはまったく横の繋がりもなければ味方もいないこと、
そして彼らの間にある”CDI”が3人に繋がらないことでクラリッサファミリー全員が死を覚悟で3人の救出を目論んでいて本当にこれが冷静さと正確な情報が売りのクラリッサなのか?と思わずにはいられなかったぐらいだったという。
相手を調べてみればボンゴレの傘下。
つまるところ沢田の単独で動くことも出来ず、かといって守護者達に頼むことも出来なかった。見つからないようにするにはどうすべきか。そこで白羽の矢が立ったのがヴァリアーだった。いや、ヴァリアーしかいなかった。
それでも今後の将来、ボンゴレには、否平和な世には不要な、異物のような集団だった。調べれば調べるほどにあまり褒められるようなことをしてこなかったファミリーとの親交、人身売買まで関わり、そして直近の事件であれば偽者のヘルリング1つを得るために街一つを抗争に陥れたという情報まで入ってきていて。
たった一つの不確定なヘルリングのために沢山の命を散らすその手段は沢田にとっては許されないことだった。けれど彼は動くことは出来ず――だからこそ、XANXUSが楽しげに受け入れたのだ。本部に借りを作るために。
驚いたのは男の所属していたファミリーの方だ。
以前の二の舞にならぬよう今度は確実にを操り従わせながら人間もリングも道具として扱う算段だったらしいがスクアーロが来た事により大きくそれは変動した。
その結果、リングの所持よりも敢えてそれをボンゴレに渡すことで信頼を得るという作戦に変更され、そしてこの本日のパーティの件が急遽作られたということだ。
「色々とあったけどオレとしても結構…まあなかなかグロいけど本当に助かったよ」
ちなみにマーモンを動かしているのも沢田の、否、ボンゴレマネーらしい。
金は裏切らないからね、なんて会場の端から彼の声が聞こえてきて「まあ確かに」とがそれには素直に頷いた。
どうやらこの短い期間で気があってしまったようだがそれにしても金の亡者とは、そして何かに執着した者とは恐ろしいと思わずにはいられなかった。彼らを除く全員はの持つ偽物のヘルリングに執着した余り命を落としたのだから。
「とにかく、お疲れ様、2人とも。
任務は無事に終了だよ」
にっこりと浮かべられた沢田の笑みでこの場は解散の流れとなる。
もちろん、この会場の隠蔽はこれまたマーモンに任せられたという話だったがどれぐらいの金が動いたかということは誰も知らない。
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