01:両者共々帰りたい(1/4)

蒸し暑い日だった。
遠方へと単体で任務のためにやってきたが何処ぞの令嬢の1ヶ月の護衛などという物は金輪際受けてなるものか。ベタベタと触れてくるあの女に触られたことを思い出しながらスクアーロは苛立ちを隠すことは出来なかった。
綺麗な髪の毛ですねと己に触れられることも、過去に触れられることも良しとはしない。


―――これでボンゴレに貸しを作っておけるが、受けるかどうかはお前が選べ。


珍しくXANXUSにより呼び出され与えられた任務だ。それと同時に断っても構わないと言われればスクアーロの性格上拒否することは難しい。はたまた彼はそれすら見えていたのかもしれない。
今となれば二つ返事で承諾するのではなく中身を聞いて吟味すべきだった。任務内容が1ヶ月となればそれはさぞ難しいものなのだろうと安易に考えすぎていたのだ。
それでも途中放棄することは彼のプライドが許さない。あと3週間、この苛立ちと向き合わなくてはならない現状に殺気立ってしまうのも仕方が無いのだろう。


彼に課せられたのは昔からボンゴレの傘下にあるファミリーの令嬢の護衛。何百、何千とある同盟マフィアの中のそれもたった1人の女の護衛などと理解のできないものであったが話を聞くにどうも来月行われるボンゴレのパーティに呼ばれた、由緒あるところらしい。

ならば堂々とボンゴレの庇護を求めればいいのではと思われがちだろうがそれは無理だろうと中枢にいるわけではないスクアーロでもわかる。
個人を守れば彼女や彼女のファミリーは今後ボンゴレにとって人質にもなり得てしまうからだ。沢田綱吉の性格上見過ごせるものではなかったが彼の立場を考えると個人的に庇護することは不可能だろう。

だからといってXANXUSに救いを求めるぐらいだ、どれほど魅力的な女かと思えばベタベタと触れてきて自分に惚れただの何だのと近寄られれば初日から青筋がたったのも仕方はないことだろう。


「帰りてぇ」

弱音ではない。苛立ちだ。
10年前よりは幾分か忍耐強くなったと自負しているが、詰まらないものは詰まらないのだ。



――明確な殺意を感じ取ったのはその瞬間だった。
けれど、その対象は自分ではない。普段通りの彼であれば己に関係の無いものには関わらなかっただろう。
だがしかし今は少しだけ特殊だった。護衛という生温く、かつストレスが溜まってばかりの任務に早くも飽きがきて血が騒ぐのだ。不運な奴等め。ぺろりと下唇を舐め、スクアーロは走った。




蒸し暑い日だった。
今回依頼されたのは1ヶ月、某大手マフィアの令嬢の身代わり。
差し出された任務内容の用紙と選択されたメンバーを見てえーっって大反論したというのにそれは残念ながら却下された。
今まで事務員として働いていたのに突然の任務だ。圧力をかけられたらしくボスはほとほと困った顔で私に謝ってきたのだから仕方なく頷いたのが、ほんの数日前。


「おうち帰りたいなー」

もう恋しい。皆、私がいない間事務作業とか大丈夫なのだろうか。いや寧ろボスに至ってはもっとマシな子就職させるからとか意気込んでたけど私以上に適任いないのになーおっかしいなー。

そんな事を考えながらスーパーに行って、適当に食材を買い込みくるくると売り場を回る。
帽子を目深に被って髪の毛を出さないようにするようにと依頼人の言いつけはきっちりと守りながら、それでも私の後ろをゆっくりとついてくる人間を把握した。
うーん今日は4人か。毎日毎日ご苦労様なことで。スーパーの中で静かに合掌。私がこんなお願いを依頼人にしなければ彼らにこんな仕事がまわってくることは無かったのだ。申し訳なさは確かにある。

買い物カゴの中には卵と野菜とそれから酒。
私が唯一許されたのは1日2時間ほど、令嬢の身代わりを止めてゆっくり出来ること。
今までの任務からすればそりゃこれは結構な待遇だと思う。大体こういうのって24時間密着だし。でもまあ1ヶ月も期限があるから、とこれは依頼人のご好意。ありがたすぎて涙ホロリ。
会計をとっとと済ましてスーパーの袋を2つ両手に。あ、どうしようちょっと買いすぎちゃったかもしれない。まあいいか、冷蔵庫に突っ込んでおけば明日までは大丈夫でしょう。


「うーん」

嫌な感じが4つ、いや5つか。
今日ついてきてくれてる人ってどれぐらい強いのかな。怪我されるのも嫌だしなあ、うーん悩むところ。まあいいか、どうにかなるかも。

ファミリー随一逃げ足が速くそして適当で有名な私は突然猛ダッシュで路地裏に走った。スーパー内で上手く撒けたらしくてホッとしたのも束の間、今度は堂々と私の前にやってきた黒スーツの人間はやっぱり5人。銃持ち3人にナイフが2人。術士の気配は無い、かな。ちょっと自信ないけど。
突然ナイフが飛んでくるような暗殺者じゃなくて良かったかもしれないけど、めんどくさい事には変わりない。
何とはなしに上を仰ぐ。
お空が青いなー綺麗だなー私の休憩時間減っちゃうんだけどなー。


「帰りたい」

弱音じゃない。心の底からめんどくさい。