02:秘密の共有者(5/6)

「今日はどうもありがとうございました、スクアーロさん」

たまにが休憩の時間であったとしてもこのアパートへ足を運ばない時もある。
疲れてそのまま眠ってしまったり、夜にまで客人が帰らず夕食まで共にする時があったりとまちまちな理由があるらしいが別にとスクアーロはこの時間になればここのアパートで合流だなんだと約束をした覚えはない。
ただ気が付けばこの時間になるとアパートへと顔を出しゆっくりと寛いでいるだけのことだ。

ここの空間は案外悪くない。因みに鍵は既にからほぼ強引に奪い取り合鍵を作っているという有様だった。

今日の彼女の様子を見るに恐らく来ないだろうと見越してはいたがいつもと変わらない様子でスーパーの袋を引っ提げながら玄関を開けて「今日もいるんですね」と小さく呟いた。その言葉の内容はともかく彼女のいつもと変わらぬ様子に多少なりとも安堵を抱かせただなんては知らないに違いない。


「俺が居ちゃ悪いのかぁ?」
「いやいやそんな事は言いませんよ。何しろあのスクアーロ様ですからね。いやー本当にご尊顔拝見できて嬉しい嬉しい。ったら感動して涙が出ちゃいます」

…霧の属性をもつ人間というのはファミリー関係なくこうも口が回る者ばかりなのだろうかと頭を抱えたくもなる。どちらかと言えばマーモンよりは、選択されなかった未来として記憶にあるあの10年後にヴァリアーに所属していた六道骸の弟子のフランに通じるものを感じた。とはいえ流石にアホのロン毛隊長、なんて呼ぶ事は流石にないだろうが。

ハァ、と降参を込めて溜息をつけば途端に楽しげな笑みに早変わりして「冗談です」とは机の上に袋を置いた。
何事かとそちらに視線をやると酒の瓶が2本。その内の1本はスクアーロが初めて共に行ったスーパーで買った酒に違いなかった。


「今日はスクアーロさんにお礼が言いたかったので会いたかったほうですよ、一応ね」
「…だからそれは」
「任務だから当然ってお堅いこと言わず。人の感謝は有り難く受け取った方がいいんですよーってことで私も飲むので付き合ってくださいね」

そっちが本音ですと笑うに適うはずもない。

いつものように手早く調理するの背中を見ながら、その無防備な身体に触れたくなるという悩ましげな欲求と葛藤が始まるのももう慣れたものだった。



これまで性欲発散に決して少なくはない女を抱いてきた。
夜の場で気に入った女を持ち帰られるような言葉も覚えてきた。それなりに自信もあったがこの女に対しては驚くほどそれが働かない。
が普通の女、枠に入らなかったせいでもある。そして彼女とは一夜で終わらせたり、体を繋ぐだけの関係でありたくないと思ってしまった自分に心底驚いていた。こんな触れたい欲望と、避けられるかもしれない怯えが混ざったことなんてなかったというのに。
その理由を考えれば考えるだけ深みに嵌っていく。もう、どうしようもなかった。


「スクアーロさん、いい匂いしますね」
「…あ゛ぁ、返り血がべったりつきやがったからなぁ、先に風呂入ってきたぜぇ」

なるほど、と小さく返しながらくんくん、と匂いを嗅いでくるは小動物に近かった。触れようものなら避けるくせに自分から近付いてくるのは構わないらしい。

あらかた食事を終え、酒も進み何処から取り出したのか2本目、3本目と決して遅くはないスピードで2人で空けていく。
そういえば今日はいわゆる休憩時間をとうに超えていることに気付いたのは5本目、部屋にある酒を全て空にしてからだった。


「帰らなくていいのかぁ?」
「今日は依頼人が会議だか何だかで遅くなるみたいなので問題ないんです」

なるほど、だからこその飲酒なのか。
随分気が緩んでいるのか顔を赤らめて酒を飲む彼女はまた一層色気付いている。酒はそこまで強くないのかもしれない。言葉こそしっかりしてはいるが、放っておけば勝手に一人で笑い出す程度に酔っているようだ。


「…今日のこと、怖くなかったのかぁ?」
「うーん、怖くないと言えば大嘘にはなりますけど…何というか、本気じゃなかったような、」

非戦闘員としても気付いた辺り、流石マフィアに属する人間というところだろうか。確かにスクアーロが斬り殺した男はや客人、依頼人を狙ってナイフを向けてはいたがどうしてもそこに本気が見当たらないような気もしていたのだ。
本物の殺意を振りまきながら、本当は殺すつもりではなかった。ボディガードの1人であるのであればスクアーロが後ろに控えていたことも知っていたにも関わらずに、だ。ナイフを向けた時点で命を捨てた事にもなるが、そんなことが可能なのか。

もう少しの考えを聞こうとしたが、
ふらりふらりと隣の銀髪が揺れ始めたので流石に危なかっかしく頭を押さえつけて自分の方へと寄せると大人しくされるがままにこてりとスクアーロの肩に頭を乗せた。
柔らかな肢体が触れる右半身がやけに熱い。上からちらりとの方へと視線をやれば最近は見ることの出来なかった、白く柔らかそうな谷間が見えごくりと生唾を飲み込む。
そんなスクアーロの様子を知ってか知らずか、無邪気な笑みを浮かべながらはこちらを見上げ、


「まあ、スクアーロさんが助けてくれるって分かってましたしね」

そしてその体勢のまま静かに目を瞑りやってくる静寂。すーすーと静かな寝息、ふわりと香る彼女の芳香。自分のこの鼓動の早さをどうしてくれる。


「…覚えてろよぉ」

生殺しも大概にしてくれと、心の底からそう思った。